宮崎神宮大祭の行列に参加して参りました。

歴史は断絶するとそこで終わりとなります。歴史の琴線に触れてきた人々に大事にされてきたものは「伝統」忌み嫌われているものは「因習」という。と、在京時に先輩に教えられていました。


郷土の伝統として全国的に知られているのが「宮崎神宮大祭」ですね。

神仏混淆の日本風俗にあって、宮崎の伝統を象徴するこのお祭りに参加することは、宮崎で商売をさせていただいてます私達小企業にとって非常に意味のあることだと感じています。 


 弊社営業は毎年、宮崎青年会議所の一員としてこの祭りにて「山車」を曳いております。宮崎県内では1番古い伝統を持つ「JC太鼓」このメンバーを中心にして太鼓によるお囃子を叩きながら、行列のトリを務めています。


で、今年もいつものように開催されました宮崎神宮大祭、例年より低い気温に肌寒さを感じながら、土曜日の朝8時に神宮ロータリーに集合。山車の組み立てから昼食。 そして行列への参加となりました。





太鼓同好会のメンバーを中心に組み立てられる山車、太鼓メンバーは数日前に山車を倉庫から引いいて、当日も早朝より準備をしてくれています。

 

 

 

組み上がるとこんな具合。

10人近くが乗り上がり30名程で曳いていきます。

前方には隊長と幹事長が、堂々たる足取りで行列を纏めます。

行列ルートは2つ存在し、それは一年ごとに交互に代わります。

1つは南宮崎駅まで、もう1つは瀬頭交差点まで。昨年は南宮崎駅まで行列を行いましたので、瀬頭交差点までの行列となりました。


この山車の上でメンバーは交代しながら太鼓を叩いて行くのですが、営業の私は過去のトラウマにより太鼓を叩くことが不可能になっておりますので、とにかく曳くことに専念注力、太鼓に合わせた掛け声に精神力を向けておりました。


沿道にはたくさんの人、時折走って隊長に駆け寄りお心づけを渡してくれる方もいらっしゃいました。山形屋前の交差点で人だかりはピークになり交差点内を周回し行列の白眉とします。

一時は日本で1番大きいと有名であった隊旗は数名で交互に持って歩きます。持つ時にもルールがあるそうで。

 ・素手で触るべからず

 ・旗を地面につけるべからず

  などなど

大きな交差点ではこれを旋回せますので、持つ者は必ず相応の技術と体力、能力がなければなりません。

私は無理でしょうね。 


 このような具合で終わった土曜日1日目の行列、市民が一体となりつくり上げる宮崎の祭りです。行列のみで沿道の人がいないと意味はないですしね。 途中で敬神婦人会の方々によるお水の提供も、行列に大きな力となっていると感じています。 

 それでも沿道の人は少なくなっている印象でした。私も幼少時代に獅子舞に頭を差し出したことを思い出として残っていますが(どちらかと言うとトラウマ) とても私にはこのようなお祭りや言い伝えによる健康祈願というものが「因習」とは思えません。 家族や社稷の無事健康を祈ることは実際の行動の端緒になることを昔の人は知っていたのだと思います。 科学が発達しても人間が信仰してきたことの意味が薄れる訳でもない以上、この祭りに参加できるというのは非常に光栄なことだと、このブログをつけながら確認しているところです。

元々はお参りになかなか行けない人たちから「年に一度だけは手を合わせたい」という嘆願を契機に始まった祭りであると仄聞しています。 これからもこの祭りが意義のあるものであるために尽力している各種団体の皆様に敬意を表して! お疲れ様でした!